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ガーデン&ベジタブルLife

草花愛でて、野菜作って♪にゃんこと過ごしてまったり生活(著作の放棄はしていません)
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防災

自然災害に思う

西日本に居座った梅雨前線は

今も大きな被害を出し続けています。


本当にこんな事が有っても良いのか!と思うほどですが

これまで、

どこそこの氷河が融けだしている…とか

どこそこの国が、水没の危機に瀕しているとか…

どこそこで大山火事が頻発、

どこそこで大洪水が起きている…と

何度テレビのニュースで見て来た事か。


それでもまだまだ他人事のように見ていて

まさかこの国で…

緊急事態宣言が何度も出るような状況が起きるなんて。


でも、最早この事象は

50年に一度ではなく、地球規模での温暖化がもたらしてる

例年の事となる気がして空恐ろしいです


多分多くの人々は、漠然とそう感じているのではないかと


なのに、じれったいほど政府の対策、危機管理が

遅くて…ジリジリします。


カジノ法案考えるより

この国の危機管理法案策定する方が先決じゃないのかな?なんて

実際、未曽有と言われる災害体験者は

強く、強く思ってしまいます。

※ 災害体験はこちら



また、毎回こうした自然災害が起きる度

強く感じるのは義援金について


東日本大災害義援金で多くのお金が集まった由

でも、東日本大震災と銘打ってる以上

その災害に関してしか使えない…(多分)


そうではなくて、義援金は大小の災害規模にかかわらず

一定の災害に遭った方々に等しく渡されるよう

何らかの工夫をして、多くの災害に遭った方々の

再出発に向けての少しでも役にたてられるように

なったら良いのに!と思う訳です。


東日本に際しては、仮設住宅には等しく家電製品

布団等々が日赤から支給された由。


九州や他の地域の地震や洪水などで、

仮設暮らしの方々に対して

同じ様に支給されてるのでしょうか??


また、政府からの住宅再建資金等は、

大規模・小規模災害にかかわらず、

住宅被害に遭われた方々に

等しく支給されてるのでしょうか??


もし、差があるとしたら…

こんな悲しい事は有りません。


何時、何処で、どんな自然災害に遭うか解らない今日

国民一人一人に、同じ様な見舞金、見舞い品、支援金が

等しく渡る
日々事を願いつつ…


今回の災害に遭われた地域、人々に

心からお見舞い申し上げます。


やっと大雨警報が解除され

久し振りの富士山。

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登ってる人が居るのでしょうか???


****************

天気  :  曇り  9時過ぎにやっと長かった大雨警報解除

只今の室温  :  27.6℃   9:49

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防災

地震防災に思う

今日は朝から晴れです。

昨日は、何とも腹立たしく過ごしました。

何故?!って…

またもやブロック塀倒壊による

痛ましい死亡が相次いだことです。


これは最早人災ですよね


S53年、宮城県沖地震の際、多くの児童が

ブロック塀の下敷きとなり亡くなりました

以降、色々啓蒙はされてきたはずなのに…

何度も同じような事が起きて。


しかも、学校の敷地内のブロックで児童が亡くなるなんて

言語道断! 市当局はもとより、府・国の責任もいかばかりや!です。


危険ブロックはいまだ全国各地に存在しています。

かなり厳しい法的措置を取らないと

この様な事は、これからも二度、三度と繰り返される事かと。


ブロック塀倒壊で、道路が塞がれ

救急車、消防自動車はもとより

避難する人民にも大きな影響を与えます。

(以下は、2003年7月 宮城北部地震で、内陸直下型です)

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※ この時は、やはり7時頃だったと記憶していますが、死亡者はなく

後日悲観自殺者が出たようでした。


宮城県沖地震から40年

「40年間もボーっと生きてんじゃないわよ!」

チコちゃんじゃないけれど、怒り狂っても良い事かと。


地震は、各地で突然起きますが

それに伴う災害で、人災による被害だけは

何としても避けたいものですね。


2003年7月の地震の折は

前日夜中に大きな地震があり、翌朝にさらに大きな地震が起きて

ブロック塀の倒壊、家屋の倒壊が相次ぎました


直下型でしたが、活断層は確認されていませんでした(当時)

が、地元民は昔山が動いたので「竜神様を祭っている」等の

伝承が残っていました。

かつて、大きな地震が起きていたのでしょうね。

伝承や地名は侮れないものがありそうです


その後、耐震補強も進み、家屋の安全性は高められましたが

いっこうに進まないブロック塀に関して

何とかならないものか?と、この目で見、

体験してきた者にとって忸怩たる思いがあります



大阪の地震は、余震が心配されます。


大きな災害に繋がらないよう、注意しながら過ごしていただきたいと思います。

ご不幸に遭われた方々のご冥福をお祈りいたします。


防災

被災地、陸前高田市の今 & 網張

今日も晴れたり曇ったりの予報ですが

台風の影響で明日から雨ですって。

また、被害が出ないと良いのですが…


さて、今日は「陸前高田市」の今です。

本当に酷い状況です…


12日、大雨警報続行中 しかも向かうべき岩手沿岸に北上中

まず、道大丈夫か?!

ホテルを出る頃には大分雨も弱くなり…

気仙沼市内の道々の様子を車から写す…

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名所だった「神明崎」は道が海に沈み…

鳥居の近くまで津波が来た!と言ってました。


対岸の上の老舗ホテル(白い建物)は「閉館」したとか…

あの日、多くの被災者の為にホテルを開放し

避難所として人々を救ったホテルでしたが…


はぁ、重いです…


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商店が立ち並んでいた場所は、雑草に覆われ…

商店街は、別の場所に移転してしまい…

此処に商店が並ぶことが今後あるのでしょうか??


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何処を走っても工事中と雑草に被われた土地と…

そして突如として現れ、林立する「復興住宅」

若い世代はどれ位住んでいるのでしょうか???


そして道は、新たに出来た三陸道へ。

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道々の被災状況も酷く…復興はまだまだ先。

そんな感じです。

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アップダウンする道のあちこちに「津波到達地点の看板」が生々しいです。

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かなり高い地域なのですが…此処まで津波が来たとは!!です。

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学校を丸呑みした津波…

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雨で、1本松まで入って行けず…


ちなみに「高田松原」に「ユースホステル」が有り(↓)

その裏にあったのが、残った「奇跡の1本松」です。

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この街も商店街が立ち並ぶには

まだまだ時間がかかりそうです。


道がね…解らないんです…


今回の目的は、残してきた通帳の処理と墓参り

そして、どうしても通りたい思い出の「フルーツ街道」まっしぐら!です。


やっと小止みになって、子供の頃は走りあがれた「お墓までの道」

最早、ゼイゼイ、フゥフゥ、ハァハァ


お墓に向かって

「もう、なかなか来れないからね!この坂道登れないし!

それから、まだそっちに呼ばないでよね!!」
と大きな声でお墓に向かって叫び(笑)

大雨洪水警報でどうなるか?と心配した墓参りを済ませ

ホッと一安心して、大好きで、良く通った「岩手フルーツ街道へ!」でした。


道々の「直売所」全てに寄りたいものです。(笑)


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宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」そのままの橋の上を、

蒸気機関車が通るんですよね~~~~


そして、民話のふるさと「遠野」

明治・大正の息吹がそこかしこです。


早池峰・姫神・岩手山…と、山懐に抱かれた岩手。

たゆたゆと流れる北上川  

岸辺 目に見ゆ 泣けどごとくに


石川啄木も何だか近くに感じられる地でもあります。



フルーツラインを北上すると、もう「盛岡」

小さな車は「フルーツと地酒」で満杯。

車内に良い香りが漂う中、今夜の宿「網張」に夕方やっと到着。


東北に行ったら、美味しい物ゆっくり食べよう!

6年半、頑張ったし

なんたって誕生日だしね!

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「硫黄泉」でホッコリ♪ そしてグッスリ ZZZzzz


13日は、全国的に晴れ!ですって。♪

まだ雲が残る中、朝食は「バイキング」

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ヨーグルトも牛乳も美味しい♪

本当なら、此処であちこち散策!の筈ですが…

車のフルーツが気になる! さぁ、帰ろう!!

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oh~~山の風の冷たい事!!

今日、暑くなるってホント? ウソでしょう!って感じ。

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ナナカマドも赤く色付いて。

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途中の小岩井農場のソフト食べたかったけれど…

早過ぎて…(^_^;)


盛岡ICから、もうまっすぐ帰ります~~


******帰路の風景 続く *********

天気  :  晴れたり曇ったり

只今の室温  :  26.5℃   9:36




防災

現在の三陸沿岸の被災地

9/11,12,13と、所用が有り

故郷方面に。


疲れて、ただ今脱力状態


1日目

真夜中に出発

宮城《長者が原PA》で、朝食(^_^;)

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ワンコイン、「定義山」名物の三角油揚げ?

分厚い! あっチッチ…

やっと一般道へ。


まだ早いので「川崎道の駅」は開いてない。

午前中に、ネットバンキングや通帳等々解約手続き。

あちこちにチョボチョボ残ってる銀銀行の通帳。

時間かかるぅ~

しかも、銀行自体が全部仮店舗営業

何処に移転? 


既にお昼も過ぎ…やっと遅い遅い昼食

もうクタクタ…

復興食堂(老舗ラーメン店)開店した!って、此処ね!

入ろう。

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おなかペコペコで、ラーメン写し忘れ。


さぁ、車にもガソリン入れましょう!

内湾で営業していた「カメイガソリンスタンド」

あの時止まった「時計」がまだ…

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海の真ん前だもんね~。

ふぅ。



以下、移動中に写したもの


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もう、体中クタクタで砕けそうになって…宿に。

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オーシャンビューの老舗旅館です。

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気仙沼内湾が一望


まずは「温泉」へ。

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眼前に海が…

そして、向こうには大島架橋が…

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何でも一夜明けたら、橋が架かってたんですって。へぇ~

一夜城みたいな話です。

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露天も、海風が心地良く♪

強塩泉とかで、身体がふわ~っと軽くなります。

ちなみに誰もいなかったので、頭をあげたまま仰向けで(寝泳ぎ?)

しちゃいました。

これが出来るなんてね~、ビックリ!気分最高♪

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はぁ、湯上りの体に

内湾の夜景が目に沁みます。



今夜の食は、凄いです!

普段飢えてる「海鮮」が目白押し!

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左--カツオの刺身

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「前菜」(蒸しホヤ、炙り秋刀魚、蛸柔らか煮、マグロの卵ツブ山葵、あさり蕗味噌和え)

マグロの卵は殆ど市場に出ない珍味です。

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(↑)ホヤ

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アワビの陶板焼き(三陸産) 

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「メカジキ縁側の煮付」 フワッフワで優しい味付けて美味しい♪

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「お造り」(マグロ、メカジキ、タイ、ホタテ、ボタンエビ)

メカジキの刺身もなかなか他では食べられませんね~。

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さんまのアヒージョとフカハムの冷製パスタ添え

(フカ=鮫)

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枝豆豆腐に蒸し雲丹

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海鮮釜飯

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ふかひれスープ

え?まだ出るんですか??って感じで

次々で…もう、お腹ポンポン(狸になりました)

で、デザート写し忘れ。 

とにかく、美味しかった!




で、翌日の朝食(バイキング)がまたすごい!

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朝から刺身が並ぶ!!

そして、サンマ、サバの煮付が美味しい。

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出漁する「サンマ船」を眺めながらの朝食。


是非、是非泊まって「三陸の味」を堪能

復興の手助けをして欲しい!と思いました。

※ ちなみに対岸の老舗ホテルが閉鎖したと聞きました。

厳しいんですよね…三陸沿岸は。



12日未明から「暴風雨」だったようで…

朝には「大雨洪水警報」が出て…

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かさ上げ中の場所がビショビショ…(切ないねぇ~)

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「大雨・洪水警報」じゃ、今日の予定がメチャメチャ…

仕方がないよね…

ま、泣く子と天候には逆らえない…(^_^;)


***続く***


今日の天気  :  晴れたり曇ったり

只今の室温  :  28.0℃   10:50

防災

災害に思う

今日は、霧が出たり止んだり…

風が冷たく、ジトッとはしますが過ごしやすい日です。


外仕事に不向きで、周りの農家さんたちも

まったり過ごしているのか?車の往来が少なく静かです。


セミも静か…

たまにコジュケイが、甲高い声で鳴くくらいです。


平和って、こんな日のことを言うのでしょうか??


こんな風に心にゆとりを持って暮らせるって、

なんて幸せな事でしょうか。




今この時にも戦火の中で泣いてる人が居たり

災害の中で、途方に暮れている人がいる…


戦争は「人災」ですから、無くそうと思えばできるでしょうけれど

「自然災害」だけは、防ぎようもなく…


専門家が、頑張って減災に力を入れても入れても

想定外の力で襲ってくる…

どうすれば良いのでしょうね。


これまで職業柄、耐震診断、改修設計、応急危険度判定等々を

ライフワークの一環として頑張ってきましたが

途方もない自然力の前で、家が流され、人が亡くなり

山が崩れ、堰止湖が出来る…を目の当たりにして

人間力の無力さを思い知らされました。


ただ、人間力が素晴らしく発揮されるのは

「助ける力」だと思います。


3・11の未曽有の災害の前で、茫然と立ち尽くすしかなかったのは

その日だけで

被災地の住民とて、次の日からはがれきを片付けたり

食料や衣類を分け合ったり、避難所に方々に寝具などを提供したりと

動き回っていました。


私達が、一切支援金を受けなかったのは

もっともっと酷い方々が、同じ地域に沢山居たからですし

避難所に行かず、何とか自宅で自給自足したのは

幾らかでも避難所のスペースを確保し、

ゆっくり過ごして欲しかったからですし

少ない食料を我々が受け取る事がはばかられたからです。


あの頃は、一寸先も見えず

この街の復興などは、考えもつかない事でしたが

人力とはすごいもので、間もなく魚市場も動きだしました。


震災後2年目に、街を知らなかった人が訪れたら

災害が有った?本当に?と思う位

目に付く場所の瓦礫などは片付いていました。


あんな事が有っても、立ち直れる・・・

九州の方々も、今が一番過酷な時でしょうが

人には「助ける力」が有るので

手を差し伸べる方々に遠慮なく、甘えて頑張って欲しいと思います。


そして「立ち直る力」もしっかり備わっていると信じて

辛さを乗り切って欲しいと思います。




2011/3/10

あの日の前日…

いつものように花苗や野菜苗を作ってたんですね~(しみじみ)

やっぱり雪がサッと降ってた…(覚えてません)

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チューリップは外ではまだまだ芽吹かない時期なので

室内で育ててましたし、花苗も大分育ってたんですね~。

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前年夏からのトマト(シシリアンルージュ)を

挿し木で更新して室内で育ててたんですね~(^_^;)

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あの頃耕していた畑。

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電気も水道もなく、寒かったわけですね~。

ホント、寒くて、寒くて。



そして、月末の3月31日

やっとガソリンも手に入り、岩手の奥の「日帰り温泉」に行く事が出来ました。

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帰りは、岩手の町の食事処で

始めて、人らしい食事をした日です。


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ソフトがたまらなく美味しかったっけ

まだ、引っ越すなんて思ってもいなかった頃でした。


人の運命は、何処でどう変わるか解りませんね。

毎日を楽しんで生きなきゃ!と、改めてあの頃を振り返って思いました。







防災

台風16号近づく

何とも嫌な雰囲気です。

巨大なゴジラが近づいてくる…

そんな感じです。


人力ではどうにもならなくて

ただただひたすら、頭上を通り過ぎるのを

息を凝らして待つ…そんな夜になりそうです。



早く消えてよね!

暴れないでよね!

せいぜいプラバケツが何処からか転がってくる!そんな程度にして!!


逃げたいけれど、大げさな気もするし…

何かね~~~

一人じゃ、何か…出来そうで出来ないのが「避難所」へ行く!かも




地区民、みんなでこんな時こそ「実地訓練」で

誘い合って「避難する」事をしてみても良い気がするけど・・・どうなんでしょうね??


絶対、防災意識高まると思うのですが…。



以前は思わなかった事なのに、何故近頃こんなに怖がりになったのかしらね??


***********
警報出まくり

ただ今の室温  :  25.9℃   16:13





防災

防災の日に寄せて(あの日の記憶)

2011年3月11日・・・あの日…

私は、海のそばにある「酒類販売店」の「店舗の中」で買い物中でした。

突然の大きな揺れ…

狭い通路に缶が落ち…

頭をぶったら大変!と、カゴを置き外に飛び出しました。



空が回ってるかのように天地は揺れ

電信柱は今にも折れそうな勢いで左右に振れています。

「電信柱」が折れて、電線に触ると感電するかも!

まずは電線に触らない位置と、周囲の瓦屋根が落ちない場所へまず非難。



こんな大きな揺れは、常日頃言われている

「宮城県沖地震」が来たに違いない!

であれば、間違いなく「津波」が押し寄せてくる!!


「逃げよう!!」


しかし、駐車場に駐車していた車は

今にも隣家の壁にぶつかりそうな勢いで、ジャンプしている。(乗れない!)


一瞬揺れが収まったのを見計らい、車に飛び乗り…走り出す。


既に各所の信号機は停止状態。


「宮城県沖地震」なら、H16年に各戸に配布された「ハザードマップ」によれば

「津波」到達は20分以上かかるはず!

十分安全地帯に逃げられるだろう…(と、その時は思っていた)



飛び乗ってすぐ「ラジオ」をかけると

「大津波情報」

しかも「3時に第1波の予報…最大6m」と連呼。


6mの津波なら、海岸に寄せた時はその倍以上になるかも…


かつて「田老町」で三陸大津波で流された「大岩」が

かなりの高台に運ばれ、残っていたのを知っていたので

とにかくまぁ、これ以上ない位の「必死さ」で逃げました…



ラジオの放送は、危機感迫る勢い…

逃げなきゃ!

何としても逃げなきゃ!



時計は3時に迫ります。

川の橋の上を通過…。


川の水はまだ引いている様子はない…

1波が来たのか?

まだ到達してないのか?判断は出来ず…



ラジオでは「第1波到達した見込み!」と叫んでいる…

ここにも、もうじき来る!

川を超えると大きな交差点。



流石に混んでいて…

左折し、良く行く車のディーラー店舗を

「すみませ~~ん、通してください!」


ディーラーで働いている整備士たちは、まだ車の下にもぐって作業。


販売員もまだ呑気な感じ…

もう「広報スピーカー」では、「大津波警報」を出してるのに…



とにかく、2番目の川を渡り

山道に差し掛かって、やっと「助かった!」と安堵。



携帯で離れている家族に安否を知らせようにも

この時点で最早通じない。


3時頃には「携帯も不通」になってしまった模様。


この携帯・・・

この後、数週間「圏外」マークで何処とも連絡できない状態。

「サイレントマジョリティ」という言葉があるが

声なき地域が一番被害が大きい!


以前新潟地震で、山古志村がまさにこのサイレントマジョリティ

「物言わぬ多数派」

言いたくても発する事が出来ない孤立した地域だった。


私の家の有る区域は「災害地域」とのちに一括りで認定された被災場所。

情報発信のできない、聞けない、見えない、行けない まさに孤立した集落になってしまったのだ。


2番目の川を渡り、国道を通らず

山道に入ったのは、各戸に配布された「ハザードマップ」

何処が「冠水」するか、知っていたためだ。


我が家にたどり着くための道は、基幹農道しかない!


しかも、最悪な状況によっては我が家に行く道にも津波が押し寄せる

「津波到達」の線引きがされている。


ハザードマップには「到達ライン」の他に、もっと大きい場合の「最悪ライン」と

二重のライン線が引かれてある。


ハザードマップに記されていたこの「最悪の線」こそが、今回到達した

東日本大震災の津波のラインそのままだったのだ。


「避難地」に指定された場所でも

よく見ると「最悪のライン」の中に入っている場所が多々ある。


今回、これをよく見ていたら…

避難場所で亡くなった人は居なかったかもしれない…と思うと

何とも切ない気持ちになる。(避難所と指定された場所に逃げて、大勢の市民が亡くなっています)


なのであえて、ここで記すことにした。(つづく) 

**************

上記は、私が経験し、後に詳細を記したメモで、「防災」「安心安全」を知って頂くため

とあるブログに、「4月までの日々の記録」の冒頭一部を転載しました。


「危機管理」「避難」「災害」「備え」「被災した中で過ごす」そんな事の役に立てば…

なんて思って作ったものの一部です。


各地で、地震、台風、集中豪雨などの被害が多発しています。

「防災の日」に、我が家の防災について考えて欲しいと思います。




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